講話内容

長谷登 社友 前社長 講話
日  時 平成21年9月9日(水)14:00〜16:00
場  所 関西経済同友会会議室(中之島センタービル 28階)
講  師 長谷 登 住友精密工業株式会社 社友 前社長

講話内容
◆日本の安全保障体制の歴史
 1902年に、日本とイギリスとの間で日英軍事同盟が締結された。この条約は、日露戦争において有効に機能することになり、他方では、第1次世界大戦での欧州の同盟国側の劣勢挽回に貢献した。日本は、この同盟により、安全と繁栄を謳歌していた。しかしその後、イギリスでは、旧ドイツ利権を巡る日本への懸念、日本では国際連盟でのイギリスの人権宣言への反対による反発等から、1923年にはこの同盟は失効することになる。これにより、一種の真空状態のような国際関係が生まれ、アメリカ牽制の目的で、日独伊防共協定、日独伊三国同盟を締結するが、これは、諸国との関係を悪くするだけの結果となり、外交上の大失敗であり、日本の命取りとなった。また1941年には、日ソ不可侵中立条約を締結するが、この条約も結果的にはソ連を利するのみとなり、過ちを追加することとなった。これらの失敗の遠因は、日英軍事同盟が失効した真空状態の中、新しい同盟を結ばなければならないとのプレッシャーで、当時の軍部、外交官が、ドイツ或いはロシアに魂を売ったというところにあると思う。
◆日米安全保障条約
 日本は敗戦後、1951年のサンフランシスコ講和条約締結と同時に、日米安全保障条約も締結し、1960年には、改定により、日米の共同防衛体制が構築された。この条約は、いずれかが通告すれば1年後に破棄することが出来ることになっている。来年は締結から50年目の節目を迎え、日本での政権交代もあり、何らかの変化が出てくるのではないか。現実問題として、アメリカ側には日本を防衛する必要がないという解釈もあるのが事実であり、日米安全保障条約は必ずしも盤石ではない。国を守るには、どこかの国と手を組まなければならない。手を組む相手をよく考えなければならない。日本は、独自の生き残り策を、今から考えておかなければならない。これは皆様方の責務である。




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