講話

日  時 平成26年7月2日(水)16:00〜17:30
場  所 関西経済同友会 会議室
講  師 江口 太郎 大阪大学名誉教授(適塾記念センター)
講演テーマ  「大阪の自然科学と適塾精神の継承」

講話内容
◆学問・芸術都市
 懐徳堂と適塾が阪大の源流だとされている。懐徳堂は1724年に大阪の5人の金持の商人たちが学者を呼んでつくった学問所だ。2年後には幕府から官許を得て大阪府学問所になっているが同じころに江戸にできた学問所が昌平坂学問所だ。「懐徳」とは論語の「君子は、徳を懐う」が由来で、もともとは朱子学の学問所なのだがその学問は俗に「鵺(ぬえ)学問」と言われているちょっと皮肉っぽい表現なのだが、それほど懐徳堂での学問は多彩であったということを表していると思う。かなり合理的な精神があって、自然科学の芽生えもあった。懐徳堂は明治2年(1869年)まで存続し、懐徳堂とその周辺では山片蟠桃、富永仲基、上田秋成などの思想家・文学者が活躍し、蘭学、天文学、化学などに多くの町人学者を輩出した。この学問的な雰囲気は緒方洪庵の適塾にも繋がっている。江戸時代の大阪は国際的な学問・芸術都市であった。

◆適塾
 適塾では15年間で1000人ほどの人々が学んでいる。語学としてのオランダ語を徹底して鍛えて、そのあとは各人の選んだオランダ語の本を読んだ。洪庵は若い人にはいろいろな可能性があるからと考えていたのではないだろうか。堂島川でアンモニアの発生実験をやった等々、自由だが厳しい当時の雰囲気は福沢諭吉の「福翁自伝」によく描かれている。 違った風土の会社の人々が集まって切磋琢磨するということが適塾の精神を継承するということだと思う。ここでいろいろな学問や考え方を多様な視点から聞き、発言することが自分のためになる、そして何事かを起こしていくというのが適塾精神を継承することではないだろうか。




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